ヒーラーの声
スピリチュアリズム街道を、まっしぐらに走る91歳の父
No.081/
前回、スピリチュアリストの仲間入りを果たした90歳の父の様子を載せたところ、「もっとお父さんのことを知らせてほしい!」という声が寄せられました。その声にお応えして今回は、さらに立派な実践者となり、霊的に飛躍した父についてお伝えします。(娘の私が、父のことをこんなにべた褒めするのはおかしいのですが……)
最近では、父の伝道の姿勢にも変化が表れました。以前の父は、初めて真理に出会って火がついたように燃え上がり、伝道意欲に任せて、祭りの場であろうが法事の場であろうが所かまわず、相手を見つけては片っぱしからスピリチュアリズムの話をしていました。そのため周りの人から敬遠されることもありました。やがて父は、『シルバーバーチの霊訓』の学習を進める中で、そうしたやり方は本当の伝道ではないと気付くようになりました。
そして今では、まず相手の話を聞き、その相手が真理を受け入れられる“時期のきた人”であるかどうかを見極めるようになりました。そして少しだけ話をして、切り上げるように心がけています。
さらに、父の霊的成長をより感じることができたのは、父がいつの間にか“終活”をしていたことです。父は「自分の葬式や仏壇、墓は一切いらない」と親せきの人に宣言し、それを承諾してもらっていました。その話を母から聞いて、びっくりするやら嬉しいやら。私は、「お父さん、いつの間にスピリチュアリストの手本になっていたの!」と叫んでしまいました。
これまで一番反対していた母が承諾したということは、驚きでした。母は、冠婚葬祭や儀式を重んじる家庭に育ったため、最後まで父の“終活”に反対するだろうと思っていました。父の終活と母の変化は二重の感動で、その衝撃に私の頭はくらくらしました。
つい最近、次のような出来事がありました。今年は何度も台風が上陸し、各地に大きな被害をもたらしました。台風20号が浜松を襲ったとき、野菜を作っていた父のビニールハウスは壊滅状態になってしまいました。
実はこれまでにも台風で温室が壊れたことがありましたが、その時は今より若く、体力もあり、素早く温室を元通りに修復することができました。しかし、今回の台風の被害には大きなショックを受け、やる気も失せ、「これで畑も終わりにしよう」とまで口にしていました。それ以後、父は畑に行くことなく沈み込んでいました。
ところが、その父が気力を振り絞って浜松の『シルバーバーチ読書会』に参加しました。そして「読書会」から、別人のようになって帰ってきました。帰宅して開口一番、「肉体は弱っても“魂”はしっかり持たなくてはいかん。読書会に出ると元気になっていい!」と力強く言ったのです。私は父の突然の変わりように、「読書会で何があったの?」と聞いてしまいました。すると父は目を輝かせて、「シルバーバーチの神観を勉強して元気が出た!」と言うのです。
それをそばで聞いていた母が、「お父さん、元気になったんなら、もう一度畑をやったらいいじゃない」と後押ししました。私は、父がシルバーバーチの読書会に参加して真理を学び、霊的エネルギーに満たされ、元気になった姿を見て感動しました。
91歳になってもなお、スピリチュアリズム街道をまっしぐらに走る父の姿を見て、私もスピリチュアリストの先輩として恥ずかしくないよう「霊界の道具」に徹して最高の奉仕にまい進していこうと決意を新たにしています。
(谷口)