(3)「金儲けのヒーリング」から「奉仕のヒーリング」へ
ヒーラーの根本的な意識改革の必要性
「金儲けのヒーリング」か、「奉仕のヒーリング」か
これまで本物のスピリチュアル・ヒーラーとニセ・ヒーラーの区別について学んできました。本物かニセモノかは、「患者に対して高額の治療費を要求しているかどうか」という点で簡単に判別できます。本物のヒーラーは、ヒーリングを「人類への奉仕」と考え、ニセモノは「金儲けの手段」と考えます。そうしたニセ・ヒーラーの不純な動機は、「高額の治療費を要求する」という形で端的に表れることになります。
本物のスピリチュアル・ヒーラーは、ヒーリングを「人類への奉仕」とする人間であり、ニセ・ヒーラーは、それを「自分のための金儲け」とする人間のことです。ヒーリングを人類への奉仕と考えるなら、報酬に対する期待はなくなりますが、この「人類への奉仕」ということが、大半のヒーラーにとっては、とてつもなく高いハードルになっています。
「自らの人生を人類のために捧げたい!」という思いがあるとき初めて、霊界側はその人間を“本物のヒーラー”と認めるようになります。何よりも「純粋な奉仕精神」が、ヒーラーとしての出発点・動機でなければならないのです。ヒーリングを“金儲け”と考えるような人間を、霊界の人々が応援することはあり得ません。当然、霊界主導の「スピリット・ヒーリング」は成立しません。
ヒーラーの“意識改革”の必要性
霊界から見たとき、本物のスピリチュアル・ヒーラーと言える人間は、ヒーラー全体の5%にも満たないのが現状です。この事実は、本物のヒーラーになるのがいかに難しいことであるかを示しています。スピリチュアル・ヒーリングは本来――「無償の奉仕活動・純粋な利他的行為」でなければなりません。この点からするなら、現在の大半のヒーラーは失格です。大部分のヒーラーは、ヒーリングを「金儲けの手段」として考えているからです。「純粋な奉仕活動」として位置づけしているヒーラーは、ほとんどいません。
本物のヒーラーになるためには、高次元の倫理的ハードルをクリアしなければなりません。世俗から一線を画した生き方を心がけなければなりません。世間一般のヒーラーとは、考え方も実際の生活態度も根本的に違っていなければならないのです。本物のヒーラーになるためには、ヒーラー自身が根底から“意識改革”をする必要があります。
ヒーラーには、自らを犠牲にする覚悟が必要
スピリチュアル・ヒーラーを目指そうとする者には、営利を度外視して、困っている人々のために我が身を犠牲にする覚悟が求められます。金儲けを優先するヒーラーの地上人生に、何ひとつ霊的価値はありません。それどころか人間にとって一番大切な「霊的成長」を自ら阻害し、地上に生まれてこなかった方がよかったというような結果を招くことになってしまいます。スピリチュアル・ヒーラーを目指す人間には――「報酬を期待せず、ただ霊医の道具として、自らを犠牲にすること」が求められるのです。
「本物のスピリチュアル・ヒーラーになるには、どうしたらいいのか?」――その答えは、すでに示されています。「自分の利益を度外視して、ひたすら霊医の道具に徹し、相手の霊的成長のために働くこと」です。高額のヒーラー養成セミナーに出ても、本物のヒーラーにはなれません。せいぜい、わずかなサイキック能力を引き出す程度のことしかできません。
無報酬でヒーリングに携わっても、飢えることはない
ヒーラーや霊能者の霊的活動は、どこまでも人助けを目的とした純粋な奉仕活動であるべきです。スピリチュアル・ヒーリングは本来、無私無欲の利他的精神に発する奉仕活動であり、営利を目的にしたものではないのです。ヒーリングに対する感謝の気持ちとして、相手が自発的に提供してくれた礼金を受け取ることはかまいませんが、自分から治療費を要求することは間違っています。
スピリチュアル・ヒーリングは、無償の奉仕活動でなければなりません。もしそれでは生計を立てられないと思うなら、ヒーリングを仕事にせずに、ボランティア活動として行えばいいのです。自分の生計を支えるための本業は他に確保したうえで、余暇にヒーリングをするということです。仕事のない時間帯や休日を利用して、純粋なボランティアとして霊的活動に携わるということです。治療師としてすでに手技療法などの資格を持っている人なら、その手技療法と同時に、スピリチュアル・ヒーリングを無料でしてあげればいいのです。
無報酬に徹してきたヒーラーや霊能者が“飢えて死んだ”というような話は、これまで一度も聞いたことがありません。こうした事実に照らしてみれば、「肉体を持って生きている以上、報酬を要求するのは当たり前」とする考え方には、霊的な根拠があるとは言えません。まして大金を要求するようなあり方に、正当性を認めることはできません。
シルバーバーチは、次のように述べています。
「あなたのおっしゃる物的側面での問題ですが、霊的な側面をきちんと整えておけば、物的な面もきちんと整います。なぜならば、物質は霊の反映にすぎないからです。(中略)あなたも人間として生きていくうえでの必需品のことにかまけて、つい、その事実を忘れてしまいがちです。現代の生活は特に、経済的要素が厳しくなっております。
しかしバイブルには、“まず神の王国とその義を求めよ。さらば、それらのものはおのずから整うべし”とあります。(中略)こうした言葉は、優先させるべきものを優先させ、霊的摂理と物的法則にかなった生き方をしていれば、すべてがきちんと整うことを教えているのです。」
『古代霊シルバーバーチ 新たなる啓示』(ハート出版)p.62~63
無料のヒーリング奉仕に生涯を捧げた「ハリー・エドワーズ」
ヒーラー・霊能者としての霊的活動は、無償の奉仕活動でなければならないということが分かりましたが、それを片手間ではなく、人生のすべてをかけてやることはできないものでしょうか。実は、そうした生き方を実際にしてきた人物がいるのです。
世界的に有名なスピリチュアル・ヒーラーであった「ハリー・エドワーズ」が、無料で治療に当たっていたことは、よく知られています。そのため彼は、しばしば経済的に困窮するような状況に追い込まれましたが、無料でスピリチュアル・ヒーリングをするという姿勢は、最後まで崩しませんでした。
ヒーラーに必要とされる「本物の信仰心」
霊界の導きに対する絶対信頼
大半のヒーラーや霊能者は、決まった報酬がなくては生活していくことはできないと考えています。しかし実は、こうした考え方自体が「霊界の人々の導きを信じていない」ということなのです。信仰がないということ、霊界の道具になっていないということを、自ら証明しているようなものです。
物質世界で生きていく以上、最低限の食べ物や衣類や住居を手に入れるためのお金が必要となります。そうした物質世界ならではの必要性を無視しなさいと言うような霊界人は、一人もいません。それどころか霊界の人々は――「地上人が霊の道具として歩むなら、物的なものに困ることがないようにしてあげます」と言っています。「必要に応じて、霊的なものだけでなく物的なものも、ちゃんと整えてあげます」と言っているのです。ヒーラーや霊能者は、こうした霊界人の言葉を、心の底から信じなければなりません。それこそが、スピリチュアル・ヒーラーとして持つべき「本物の信仰心」なのです。
「心から人のためという気持ちになれば、必要なものはそのうち必ず揃うものです。霊的なものを優先した仕事をする人は、必ず私たちが援助の手を差し伸べていることを知ってくださるはずです。」
『シルバーバーチの霊訓(11)』(潮文社)p.132
「私たち霊界の者は、人のために役立つことをしている人の努力を無駄に終わらせたことは一度もありません。必要なものは必ず手に入ります。それは私たちがこれまでに数知れず試されてきていることです。霊的なものも物的なものも、必要なものは必ず手に入れてさしあげます。」
『シルバーバーチの霊訓(11)』(潮文社)p.133
「背後霊の存在を信じることです。機が熟した時に必要な援助があります。(中略)お金が足りなければ工面してあげます。せっかくの奇特な行為のチャンスが、資金がないために失われるようなことには決してなりません。(中略)霊の道具としての仕事に励んでいる者は、物的生活の必需品に事欠くことには決してなりません。こちらから用意してあげます。飢えに苦しむようなことにはなりません。渇きに苦しむようなことにはなりません。きっと何とか切り抜けられるものです。」
『シルバーバーチの霊訓(11)』(潮文社)p.33
自分のすべて、人生のすべてを「霊界の道具」として捧げる
ただひたすら人のために役立ちたい、人類のために奉仕したいと願って霊的活動に携わる地上人には、霊界から多くの援助が与えられるようになります。自分の利益を後回しにして他人の幸福・人類全体の幸福を優先するとき、霊界からの援助を得て、地上生活に必要なものが満たされるようになるのです。
ところが大半のヒーラーや霊能者は、「霊界の道具」に徹しようとするより先に、自分の生計を心配してしまいます。自分の物質的条件を確保したうえで、霊的活動をしようと考えるのです。優先すべきものを、優先することができないのです。これでは到底、霊界からの援助を受けることはできません。
自分のすべて、人生のすべてを「霊界の道具」として捧げる決心のできない人間は、ヒーラーや霊能者としての活動をすべきではありません。霊界の導きに対する絶対信頼を持てない人間は、スピリチュアル・ヒーリングに携わってはなりません。そうした生き方は、自分自身の心を汚し、霊的成長を妨げることになってしまいます。
ヒーラーや霊能者が「霊界の道具」として純粋に歩むとき、その生活は霊界から保障されます。ただし、大金が転がり込んできたり、急に金回りがよくなって裕福な生活を送ることができるようになるというわけではありません。金銭は、生計を立てるのに必要な分しか与えられません。したがって本物のヒーラーや霊能者は皆、質素で慎ましい生活をしているのです。
もし、ヒーラーや霊能者を自称する人間が大衆の人気を得、大金を手にしているとするなら、霊界から道具として認められることはありません。この世の人気と大金は、その人間が“ニセモノ”であることを示しています。