ヒーラーの声

気の毒な“臨床宗教師”

死にゆく人を前にして、死後の世界があることを断言できない虚しさ。死後の生命について説くことなく、どうして“魂の救い”があるのでしょうか?

No.088

最近、新聞広告を通して、米国イェール大学で23年間、「死とは何か」という講義が人気を博してきたことを知りました。イェール大学のシェリー・ケーガン教授の講義で、その内容が書籍化され、『死とは何か』という書名で出版されたとのことです。

しかし、死後の世界の存在を長年にわたって確信してきた私には、そうした本の出版は今さらという感じがして、少し違和感を覚えました。

なぜなら、スピリチュアリズムの情報は、すでにネット上に行きわたっています。それを読めば、一冊の本で述べられているより、はるかに多くの“死”と“死後”に関する情報が得られます。アメリカの大学で評判になっているということが重要なのでしょうか?

とは言っても、米国の有名大学で“死”についての講座が人気を博しているという事実は、私たちスピリチュアリストにとって嬉しいことです。日本の大学でも、真面目な心霊講座が開かれるようになることを願っています。遠い将来には、日本のすべての大学で、スピリチュアリズムの霊的知識が教えられるようになることを祈っています。

スピリチュアリズムでは、人間は死んでもあの世で生き続けることを、さまざまな心霊研究を通して実証してきました。すでに170年前から、「霊魂の存在(霊魂説)」の正当性を主張してきました。最初は宗教からの反対や、科学者サイドからの非難がありましたが、そうした困難を乗り越えて、スピリチュアリズムの霊的知識は世界中に広まっていきました。

その一方で、好奇心を刺激するだけの霊的知識や、ほとんど重要性のない無意味な霊的知識も広まりました。テレビでは、低俗な好奇心に駆られた人々の受けを狙った詐欺まがいの心霊番組が人気を集めてきました。正しい霊的知識が広まるには、まだまだ長い時間がかかりそうです。

私たちがスピリチュアル・ヒーラーとして聖業に携わっているのは、人間は死んでも霊魂として生き続けることを知っていただくためです。ヒーリングを通してその事実を人々に伝えることが、スピリチュアル・ヒーリングの本当の使命であると思っています。

東日本大震災をきっかけに、さまざまな宗教者が力を合わせて、犠牲者の追悼や被災者の心のケアに当たるようになりました。“臨床宗教師”が誕生し、2018年には資格制度が確立され、「日本臨床宗教師会」が発足しました。宗教・宗派の枠を超えて、人々の魂の安らぎのために協力し合うという行為は、とても立派です。私たちスピリチュアリストも心から賛同し、その発展を願っています。

一方で、現在の臨床宗教師の実態には、しばしばがっかりさせられます。すこし前のことですが、テレビに一人の臨床宗教師とその関係者が登場し、インタビューを受けていました。そのやり取りを聞いているうちに、臨床宗教師には死後の世界の存在をストレートに語ることは許されていないことが分かりました。死後の世界の存在については、臨床宗教師会では特定の宗教の教義のように位置づけされていることが分かったのです。

死を前にして孤独に苛まれ、死に怯える患者に対して、ただ相手の不安を聞いてあげることしかできない事実を知ったとき、臨床宗教師とは、何と気の毒な人たちなのかと思わずにはいられませんでした。死に直面している患者は、死後の世界があるのかどうか、はっきり言ってくれることを切望しています。それに対する明確な答えを示すことができなければ、患者は不安を抱えたまま死を迎えることになります。

死にゆく人、死に怯える人の心を癒すのが臨床宗教師の使命であり役割です。「大丈夫です。何も心配いりませんよ。死後の世界は本当にあります。死んでもそこに行くだけです。そこは今よりもっと素晴らしい世界なのです。今ここには、あなたを迎えるために、すでに他界している多くの親族が来ています」――スピリチュアリズムからすれば、これはすべて事実なのです。その事実を言えない臨床宗教師は、何と気の毒なことでしょう。

「死後の世界はあります」という一言で、死にゆく人の苦しみと不安は解消するのです。またその言葉によって遺族の心は慰められ、死別の悲しみが取り除かれることになるのです。黙って患者や遺族の話に耳を傾け共感を示すだけで、どうして魂が癒されるのでしょうか。

東日本大震災の津波で一瞬にして多くの人々の生命が奪われましたが、その後、亡くなった人が“幽霊”になって遺族のもとに現れた、という話を何度か耳にしました。そうした話が「お迎え現象」としてメディアにも取り上げられました。その番組には、遺族たちの苦しみ・悲しみが凝縮して表現されていました。それを見て、死によって愛する人が消滅したのではなく、あの世で生き続けている事実を知ることができたなら、どれほど心が慰められるだろうかと思いました。「霊的事実」を伝えてあげることこそが、最も効果的な“魂の癒し”になるはずです。死者は、現に絶えず遺族のそばに来て、「私は生きているよ」と伝えようとしているのです。

死にゆく者や遺族の心を癒し、救おうとする人間が、肝心な死後の世界についての真実を知らないことが、本当の悲劇なのです。臨床宗教師という魂の救いに参加しようとする奇特な人々が、「死後の事実」を知らないことこそ、真の意味での悲劇と言えます。私はそうした人々の「霊的無知」をなくすために、ヒーラーとしての務めを果たしていこうと決心しています。一刻も早く“臨床宗教師”を志す奉仕性のある若者に、スピリチュアリズムの霊的知識が届けられることを願ってやみません。

(大河内)